底辺から上を向いてみたい

精神疾患歴約20年経過する私が、社会に復帰するまでの備忘録。

感情が溢れた…

某局で見ているドラマ。

街の弁護士さんの奮闘するドラマであるが、

今日は見ていて1番、感情が溢れた回だった。

コミュニケーションがうまく取れないのに、

兄はやっていないと証言すべく、

必死に1人で近くの警察署に行き、

懸命に自身が見たことを話す

そして兄は不起訴となった…

見ていてなんだか泣けてきてしまった。

 

今我が家で、要件は異なるけど母が弁護士さんの助けを借りて、

問題を解決しようとしている

我が家の場合は、自己中な年寄りによってどうしたらよいかが路頭に迷ってしまっている。

金銭的な余裕はないが、

自分が少しでも働ければ、母を少し楽にしてあげることができそう。

少しずつ就活もできている。

働けるようにあともう少し努力してみよう。

 

人のためになる仕事っていいな

と改めて思う。

少しずつでもそんな人の役に立てるようになりたい。

資格を取得してからでないと色々進まないけど、

初診日から約20年。

やっと少しは前に進めそうな気がしてきた。

こんな自分でも今よりも前に進められたら…と思うとちょっと嬉しくなった。

欲しくなるもの。

コロナ禍になってからテレビで紹介された、

ヤクルト1000。

普通のヤクルトより量があって、

睡眠改善など、疲れやすい私みたいな人間には助かる商品です。

 

テレビで紹介されたこともあり、

近くのスーパーでは品切れや納品がない状態となり、

たまに飲みたいなぁと思っても買えない時が増えてきました。

不要不急の外出を控える訳ですから、仕事をしていない期間は自然と在宅の時間も増えてきます。

 

たまに飲むとよく寝られるなぁと思うくらい、ゆっくり寝ていますが、

疲れを残さないことも必要なんだなと思いながらの毎日です。

 

準備期間の最近は、少しずつ就活をする時間も出てくるようになりました。

気力がある時に働き出したい

と言う気持ちを就労支援員さんにも伝えて、

連絡をしながら情報集めの毎日です。

今は不安もありますが、

多少のワクワク感もあり、

でもコロナには気をつけて…と思いつつ。

 

次に向かって少しずつ歩き出せるように、

晴れている時間を狙って、朝日を浴びてこようかなとおもいます。

動き出す準備。

来月から受診先が変わることとなり、

昨日が最後でした。

実感がないままお会計でしたが、

紹介状を受け取って初めて、変わるんだなと実感しました。

 

家族の件が揉めているので、私は私なりに就労の準備をしながら、

毎日を過ごしています。

コロナも減らず、マスクが手放せない日が続いていますが、

体調管理をできる範囲でしつつ、

自分なりに前に進めていけたら…と思っています。

 

今日は貴重な晴れの日。

ゆっくり体を休めようと思います。

見守る夜。

まだ夜はそれほど遅くない時間ですが、

眠い母。

まだ寝るまいとテレビもつけたまま。

寝始めているので、テレビを消して、

寝ましょうねと消灯をする。

最近こんな日が増えてきました。

 

実家にいた頃は家族全員で過ごしていたので、

朝早く出る弟に合わせて、

朝5時前に起きていた母。

6時に出る弟を見送る毎日でした。

今は弟も別々に住むようになり、

多少朝はゆっくりできているかなと思います。

 

たまに弟と話すと、

家を出るのをもう少し早ければよかったかな

なんて話をします。

確かにそのほうがよかったかもね

と応える私。

実家にいる際も、

実はちょくちょくアパートを借りたいと、

某賃貸サイトをよく見ていました。

まだその頃は母と一緒にとか、

そこまでは考えられず、実家から脱出して後から母を連れて…

とか色々頭の中をぐるぐるしていた記憶があります。

 

昨年からアパートを探し始め、合間に内覧などをし、

私の今できる能力でなんとか借りられたことで、

母を実家から脱出させることができました。

もう最後は無理矢理でした。

このタイミングでないと出られないと感じ、

準備ができないまま、母を連れ出し、

後に弟も脱出させました。

 

年齢を重ねるごとに荒くなっていた年寄り。

私が間に入る事でなんとかなっていましたが、

それも限界だなと思い、

そこから母と一緒にと考え始め、

合間に連絡しながら母を少しずつ準備させ…。

今その疲れが一気に来ている気がしますが、後悔はありません。

母を送り届けるときには、行ってらっしゃいと声をかけて、私も帰宅します。

 

実家を出て約半年。やっと慣れてきました。

あとは経済的に安定させる事、

母の調停が終わりを迎える事だけになり、

私は体調管理をしながら、就活に入り始めました。

 

母も今まで大変だった分、ゆっくりして欲しいと願う私です。

昨年の状態ではとてもじゃないけど、

実家にいることは厳しかった。

正月早々、揉めていましたから…。

それも年賀状の宛先を書く書かない

それだけ。

年寄りの字は汚いので、恥をかくから書きたくないと母に暴言を吐いたのです。

いやそれくらい自分で書けよ

と言うところでしたが、母に対しての暴言がエスカレートしてしまうのが辛く、

その時は私が書きました。

なんとも恥ずかしいことです。

 

今は以前よりゆっくり寝られているといいのですが…

母がゆっくりできるなら、私も安心できます。

今日もゆっくり休んでね。

なかなか進まない。

先日の後、生活リズムが若干乱れていました。

疲れがさらに増したので、

昼寝ばかりしていた気がします。

幸いなことにいまは気を遣わなくても、ゆっくりできる環境。

でも少しずつ働く準備をしたい

そう思いつつ、少しずつ就活を始めました。

支援員さんとやりとりしながら進めています。

 

年々思うのは、身体がついていかなくなったなと思うことです。

体力と言うよりは、気力の部分なのでしょうか。

少しずつ社会復帰できたら、

やりたい事ができたので、そちらの準備もしていきたいです。

ゆっくりできるときはゆっくりして、

でも少しずつ働きたい。

でもなかなか進まない。

仕方ない事ですが…。

 

新型コロナウィルスがまだ増え続けているため、

自宅でのんびりな毎日です。

8月中には就活面で何か動きが欲しいので、諦めずにやっていこうとおもいます。

変わってあげたいほど、辛い…

本日は母の件で、

2回目の決戦日でした。

結論から言えば、揉めに揉めてしまい、

また母が多額の額を要求されることとなってしまいました…。

 

そもそも、預金口座を全て言ってきていない状況であろう相手が、

母に対して他にも口座があるんだろう

と審議員の方に対して感情的になっていたようです。

 

今まで婚姻してからの母は、

多額の金額を要求されるほどのことしかしていないのでしょうか。

母はパートで働きながら、

私たち兄弟にも愛情を注いでくれました。

私はこんな風に障害者になってしまいましたが、

私も弟もなんとか学生生活を終えることができています。

ウチに帰れば、温かい食事を作って待っててくれている

お金はない家庭でしたが、

そんな愛情をもらい、

今まで私も障害がありながらも、ここまでこれた気がします。

 

令和に入ってから、ストレスからか体調を崩すことが増えていた母。

年寄りも在宅でしたが、

ウチの年寄りが病院に連れて行っても、かえって気を遣うし、

近年は母が息苦しくなることが多くなり、

ノイローゼになってしまうことも増えていました。

 

今回も普通の老夫婦が離婚調停をしているわけですから、

こんなに長く、また泥沼になるとは想定外でした。

お金に関して細かいのは言うまでもありません。

私が変われるなら、変わってあげたいです。

倒れるように寝に入った母を見て、

大丈夫だからね

と伝え、

私は私なりに就業先を決め、

母にあまり心配をかけないようにしよう

と決めました。

 

先が見えなくなってしまった調停。

母のメンタルがあまり病まないことを願いつつ、

これからも出来る範囲でそばに居てあげよう

そう思う私なのでした。

 

金しか要求しない父。

久々にPCでブログを書いております。

スマホの方が便利で、時間をみつけてはちょくちょく書いていますが、

ハッシュタグが残せないので、そこがちょっと難点ですが、

あくまでも自分の記録用ですから、わかりやすく残しておこうと思います。

 

もうすぐ母と年寄(父のことです)の2回戦です。

金、金・・・とお金のことばかり弁護士に告げているということが判明し、

最悪のパターンでは、母が父に支払わなければならない

というケースが出てしまうかもという状況になってしまいました。

 

年寄の親である父方の祖父は、お金については大事に扱っておらず、

祖父が死ぬまで、お金については苦労してきた

そんな家族でした。

一般的な年金も多少受給できたにも関わらず、見栄を張って申請手続きをしなかったのだとか・・・。

正規の手続きをしていればよかったのに、しなかったがばかりにウチにしわ寄せがきていた

ということです。

そればかりか、亡くなってからもツケ払いをしていた未払金がいくつも発生し、

私や弟の学生生活は寂しいというか、悲惨なものとなっていました。

私も大学に入って間もなくは、気持ちに余裕がなくてアルバイトができませんでしたが、

アルバイトをしてから、電車代などの交通費が徐々に自分で負担し、

大学生活の最後は、アルバイト先で社会保険に加入するほど、バイトに没頭していた気がします。

 

そんな年寄から今回は母が逆に請求されている・・・

その実態がこれからどうなるかが決まるわけです。

母方の身内に伝えると、なんでそんなことを言うのか、逆にこっちがもらいたいくらいだろう

と言ってもらいますが、

実際は金に執着している年寄りが生末は孤独になるとおもいます。

8月からアルバイトに行ってみましたが、

やってみると、母の件がやはり頭から離れず、

2回戦が終わってから、私は本格的に就活に本腰を入れることとしました。

 

今までやってきたモラハラについてはどうなるのか、ちょっとまだわかりませんが、

どうぞ勝手に生きてください

ということくらいでしょうか、私が何か伝えるとしたら。

こんな展開になっておきながらも、

何事もなかったように、

また自分は正しいと思い込み、普通に仕事をしている年寄りが信じられません。

こんなことを言ってはいけませんが、

罰が当たればいいとおもっています。

 

今日母と夕飯を食べていて、圧迫感のない夕飯が食べられるだけでもありがたいよね

と話していました。

確かに今、金銭的には大変なわけですが、これから私も2回戦を区切りに、

就活したり、最近できた目標に向かって、

少しずつ歩んでいく

今はそんな気持ちでいます。